名もなき道具たち
2021年
東京都調布市で、大正時代から続く 荒物屋「川口商店」の
改修プロジェクトに携わりました。
荒物とは、ほうきやたわし、荒縄、ざる、桶など、
日々の暮らしを支える道具のことです。
昔から暮らしの中で使われてきた身近な道具たち。
人としてまっとうな暮らしを営むなかで、
長い年月をかけて培われてきたものです。
川口商店の店内には、多種多様な道具が並んでいました。
ほうき、たわし、荒縄、ざる、鍋ややかん。
道具の種類の多さに驚いたことを覚えています。
暮らしの中には、こんなにも多くの道具があったのか。
それぞれの道具には役割があり、
それぞれに使われ続けてきた理由がありました。
今では見かける機会が少なくなったものもありますが、
どれも人々の暮らしの中で育まれてきた日用品です。
私は以前から民藝や手仕事の道具に惹かれていました。
そこに美しさを感じるのは、
長い時間の中で淘汰されずに残ってきた理由があるからかもしれません。
民藝運動では、無名の職人がつくる日用品の中に
「用の美」を見出しました。
名もない職人たちがつくる日用品の中に、美しさを見出した運動です。
一方で、川口商店に並ぶ荒物は少し違います。
荒物もまた人の手によって生み出される日用品ですが、
それは民衆的工芸品というよりも、
民衆的手工業から生まれる暮らしの道具です。
ほうき、たわし、荒縄、ざる。
華やかさはありません。
けれど、使いやすく、暮らしの中で良い仕事をする。
そうした道具が、
今も変わらず使われ続けていることに魅力を感じました。
名もなき職人たちが生み出した道具は、
評価されるためにつくられたものではありません。
ただ、人々の暮らしを支えるためにつくられ、使われ続けてきました。
長い年月をかけて改良され、使われ続けてきたという事実そのものが、
その価値を物語っているように思います。
川口商店は、大正時代から続く荒物屋です。
店内に並ぶ商品や道具には、
この店が歩んできた時間が積み重なっています。
店舗部分についても、
そうした商いを受け継ぎながら改修を行いました。
商品の見せ方や店内の構成については整理を行っていますが、
長年の商いの中で培われてきた使い方や、
お客さんとの関係性はできるだけ引き継ぎたいと考えました。
私が整えるべきなのは商品の並び方そのものではなく、
これからも商いが続いていくための器だったように思います。
店舗正面の看板は、
先代が手書きしたものをそのまま使い続けています。
新しくつくることもできましたが、
この店が歩んできた時間ごと引き継ぎたいと考えました。
もともとこの建物は、
1階で商いを営み、2階で家族が暮らす職住一体の建物でした。
店があり、住まいがあり、家族がいて、地域の人が訪れる。
かつての商店街では当たり前だった風景です。
時代とともに、その風景も少しずつ変わっていきました。
今回の計画では、
店を引き継ぐ次の世代の住まいとして2階を改修しています。
それは新しい暮らしをつくるというよりも、
この建物が本来持っていた職住一体の姿を次の世代へ
引き継ぐことだったのかもしれません。
店で扱う荒物は、売るための商品であると同時に、
実際の暮らしの中で使われる道具でもあります。
道具に囲まれて暮らすこと。
使い続けることで手に馴染み、
暮らしの中に自然と居場所を見つけていくこと。
川口商店には、そうした道具と暮らしの関係が今も残り、
長い年月をかけて培われてきた暮らしの風景が残っています。
それは道具であり、商店であり、建物であり、
職住一体の暮らしそのものです。
どれも派手ではありません。
けれど、長く使われ、受け継がれてきたものには理由があります。
名もなき道具たちは、今も人々の暮らしを支えています。
川口商店もまた、そんな道具たちと同じように、
これからも人々の暮らしを支えていく場所であってほしいと思います。








